Petersen and Saporta (2004)|要約と感想

Petersen, Trond and Ishak Saporta, 2004, “The Opportunity Structure for Discrimination,” American Journal of Sociology, 109(4): 852–901.

おもしろかったので要約と感想をメモ。


 要約

本論文の目的は以下の2点である。第1に、雇用主の差別がどこでもっとも強く生じるのかを分析するための枠組みを提供することである。第2に、そのなかでも配置による差別に関連する問題について、より深く経験的に検討することである。

差別の機会構造(The opportunity structure for discrimination)

雇用主の差別によって生じる男女間賃金格差はいくつかのメカニズムから生じていると考えられる。これについて考える。まず、差別を生じにくくする(生じやすくする)条件として、以下の3つの側面が指摘できる。

  1. 差別を生じさせる慣行への対策が集められ、文書化されているか(ease of documentation)。
  2. 差別を防ぐための対策が明確である(曖昧でない)か(clearity of evidence)。
  3. 差別に対する請求・訴えを起こすことができるか(availability of Plaintiff)。

差別を生じさせるメカニズムとして、以下の3つが指摘できる。

  1. 職業内差別Within-job discrimination)|男女が同一の仕事をしているにもかかわらず、異なる賃金が支払われることを指す。職業内差別においては、上記の3つの側面はいずれも十分に整備されており、したがってこのメカニズムによる差別は起こりにくいものと予想される。
  2. 配置による差別Allocative discrimination)|仕事や職場のなかで男女の分離が生じ、その結果賃金格差が生じることを指す。ここでは、採用(求人プロセス、だれにオファーが出され採用されるか、オファーや雇用条件の質)、昇進、解雇の3つの段階を区別することができる。これらそれぞれの段階において、上記で述べたA、B、C3つの側面がどの程度整備されているかが異なる。例えば求人プロセスの場面においては、AやCは相対的に整備されておらず、その結果差別が生じやすいと予想される。対して、昇進や解雇といった場面においては、A、B、Cはいずれも相対的に整備されていると考えられる。このように、配置のどの段階でより強く差別が表れやすいかが異なってくるだろう。
  3. 評価による差別Valuative discrimination)|女性比率の高い仕事の価値が低くみられることによって、賃金に格差が生じることを指す。こうした場合に生じる仕事間の賃金格差は差別であることを立証しにくく、したがってこのメカニズムによる差別は起こりやすいものと予想される。

上記のメカニズムを踏まえたうえで、本論文では、とくに2の配置による差別に着目し、そのプロセスをより精緻に明らかにしていく。Petersenらの提起した枠組みによれば、採用の段階において男女の格差はもっとも大きく現れ、昇進や解雇といった段階においてはその格差は相対的に小さいと予想される。他方で、いわゆる「ガラスの天井」仮説(Glass-ceiling hypothesis)などでは、男女間の格差は採用段階ではなく、昇進や解雇といった段階で現れると予想される。

データと方法

外部採用者に関するアメリカの大企業の人事データ。1978年から1986年にかけて収集されている。そのうち、専門管理職(manegerial, administrative, and professional employees)に分析対象を限定する。

入職時の賃金水準と仕事のレベル、勤続年数による賃金水準と仕事のレベルの変化、昇進、離職のハザードについて分析する。用いる手法はオーソドックスなOLS回帰分析と、イベントヒストリー分析(Log-logistic model)。

結果と結論

入職時には男女間で賃金および仕事のレベルに大きな格差があり、これは他の変数を統制してもなお残る。しかし、入職時にみられた男女間の格差は、勤続年数を重ねるにつれて徐々に縮小していき、5年程度でかなり小さいものとなる。

こうした男女格差の縮小は、昇進ハザードの違いによって説明できる。女性は入職時の仕事のレベルこそ低いものの、その後昇進する確率は高い。また男女間で離職ハザードにおおきな違いはみられず、この結果がセレクションによって(賃金や仕事のレベルの低い女性が離職している、あるいは逆に賃金や仕事のレベルの高い男性が離職していることによって)生じたものとも考えにくい。以上から、入職してから10年未満ほどのサンプルについていえば、入職時にみられた男女間の格差は縮小していくといえる。すなわち、「ガラスの天井」仮説とは反対の結果である。

ただしこうした傾向は、勤続年数のより長い(11年以上の)サンプルを見たときにはやや様相が異なる。クロスセクションでみたとき、もっとも高いランクに関しては、女性の比率は顕著に低くなっている。ここでは明らかに、「ガラスの天井」仮説が適合的であるように見える。ただしPetersenらによれば、この原因は、もっとも高いランクに上がるための候補者となるレベルまで到達している女性がそもそも少ないという点に求められるという(筆者注:この点についてより厳密に検証するには、もう少し観察期間の長い、もしくはより新しいデータが必要だろう)。

以上まとめれば、雇用主による差別がより起こりやすいのは採用・入職時であるといえるだろう。ジェンダー不平等に関する研究の進展と理論化のためには、需要側・雇用主側の差別要因を明らかにしうる、採用プロセスに関するデータを収集することが必要である、と結論づけている。


感想

whyではなくhowを問う研究

本文では、雇用主の差別から生じる賃金格差を明らかにする際に、観察困難な雇用主の動機に説明を求める(統計的差別の議論や嗜好による差別の議論はこれに当たる)のではなく、どこで差別が起こりやすいか、差別が起こりやすいとすれば、それはどのような要因によって生じるかを明らかにするべきだ、と述べられており(p. 853など)、その通りであると思う。

本論文でも引用されているが、Reskin (2003) も、ジェンダーやエスニシティによる不平等が生じる原因を明らかにするために、なぜ(why)差別が生じるのかを問うのではなく、どのように(how)差別が生じるのかを問うべきであると述べている。

労働供給側要因への着目

Petersenはこの論文のように、被雇用者と従業先の情報をマッチングしたいわゆる人事データによる分析によって、不平等を生みだす需要者側・労働供給側の要因を明らかにする研究を行ってきている(Petersen and Morgan 1995; Spilerman and Petersen 1999; Petersen 2000; Petersen et al. 2010)。

1980年ころのアメリカの社会学においては、それまでの労働供給側要因(出身階層、学歴など)を過度に強調するBlau and Duncan (1967) 以降の階層研究に対して、新制度派経済学派(e.g. Doeringer and Piore (1971) )の影響を受けつつ、より労働需要側要因を探求すべきと主張する「労働市場の社会学」と呼ばれる研究群が現われた(Kalleberg and Sørensen 1979)。社会調査の個票データのほとんどは労働供給側の変数しか収集することができず、それゆえに格差の生成要因として労働供給側要因だけを過度に強調してしまうきらいがある。その分、本論文のようにユニークなデータを用いることで、労働需要側の要因を探求していく試みは非常に面白いし、重要であると思う。適切なデータを集められるのなら自分もぜひやってみたい。

計量エスノグラフィーと計量モノグラフ

Petersenは本論文における分析・記述のスタイルを、「計量エスノグラフィー(quantitative ethnography)」と呼んでいる。話がそれるが、この言葉を聞いて思い浮かべるのは、「計量的モノグラフ」(吉川 2003)である。両者は、仮説演繹型の計量分析ではなく、一定の目的を置きつつも、比較的ラフな分析を積み重ねて結論を得るような研究スタイルを指している点で共通している。文脈は異なっているものの、日米で同じような言葉が使われているのは興味深い。ただし、「計量的モノグラフ」の場合は、(少なくとも吉川の他の著作を見ている限りでは)記述的志向がより強い印象を受ける。

どこで差別が生じるのか?:日本における経験的な研究

Petersenの理論枠組みは、日本における分析でも応用できそうだ。Allocative discriminationについていえば、日本の場合は昇進のチャンスが最初の入職の時点に強く左右されると考えられるため、ここでの差別を明らかにすることが重要となってくるだろう。また、アメリカとは異なり、同じ入職口に入ったとしても、その後の差別的待遇によって男女間の格差が広がってくるということがありそうである。

このように差別がどのような場面で生じているのかに着目する議論は日本ではあまり進んでいない印象だが、最近読んだ論文だと、高橋(2013)がかなり近い関心で分析を行っているようだ(Petersenの論文は引いていないが)。

参考文献

  • Blau, Peter Michael and Otis Dudley Duncan, 1967, The American Occupational Structure, New York: Free Press.
  • Doeringer, Peter B. and Michael J. Piore, 1971, Internal Labor Markets and Manpower Analysis, M.E. Sharpe.
  • Kalleberg, Arne L. and Aage B. Sørensen, 1979, “The Sociology of Labor Markets,” Annual Review of Sociology, 5(1): 351–79.
  • 吉川徹,2003,「計量的モノグラフと数理-計量社会学の距離」『社会学評論』 53(4): 485–98.
  • Petersen, Trond and Laurie A. Morgan, 1995, “Separate and Unequal: Occupation-Establishment Sex Segregation and the Gender Wage Gap.” American Journal of Sociology, 101(2): 329–65.
  • Petersen, Trond, Andrew M. Penner, and Geir Høgsnes, 2010, “The within-Job Motherhood Wage Penalty in Norway, 1979-1996.” Journal of Marriage and Family 72(5): 1274–88.
  • Petersen, Trond, Ishak Saporta, and Marc‐David L. Seidel, 2000, “Offering a Job: Meritocracy and Social Networks,” American Journal of Sociology, 106(3):763–816.
  • Reskin, Barbara F., 2003, “Including Mechanisms in Our Models of Ascriptive Inequality,” American Sociological Review, 68(1):1–21.
  • Spilerman, Seymour and Trond Petersen, 1999, “Organizational Structure, Determinants of Promotion, and Gender Differences in Attainment.” Social Science Research 28(2): 203–27.
  • 高橋康二,2013,「個人属性に基づく賃金格差はどのような場面で生じているのか?——事業所・従業員マッチングデータの分析から」『年報社会学論集』26: 111–22.