Motherhood Penaltyに関する2014年以降の研究群(社会学を中心に)
What is motherhood penalty?
男女間の賃金格差は国によってその程度は異なるものの、どの国・どの社会にも存在する。その大きな原因の一つは、子どもを持つ女性の賃金水準が低いことにある。このように子どもを持つ女性が(子どもを持たない女性と比較して)賃金が低いことは”motherhood penalty”と呼ばれ、数多くの研究がなされてきた。
motherhood penaltyの研究の基本的な枠組みは以下である。女性サンプルを対象として、賃金(時間あたり賃金を対数変換したものが使われることが多い)を、子どもありダミー
、および他の独立変数群
で回帰する以下のモデルを考える(
は、子ども1人、2人、…のようなダミー変数にして投入されたり、子ども数を示す連続変数で投入されたりする。前者のほうがよく見る)。
多くの場合、は負の値をとり、子どもを持つことは賃金を引き下げることが示される。ただし、たんに子どもをもつ女性と子どもをもたない女性を比較する場合、
はたんに高い賃金が期待できない女性が子どもをもつことによる擬似的な効果を反映しているに過ぎない、という批判がある(観察されない異質性、あるいはセレクションの問題)。そこで現在、多くの研究では、同一個人について複数時点の観察時点を得たパネルデータを用い、以下のような固定効果モデルによって
の推定値を得るのが主流になっている。
今回は、主に2014年以降に出版されたmotherhood penaltyについての論文を、自分が読んだ範囲で記録しておく。
2013年以前の論文
ちなみに、2013年以前の論文については、以下のレビュー論文が(主にアメリカのデータを使った論文が中心だが)よくまとまっている。
個人的には2013年以前でとくに重要な論文は以下の3つ。
Correll et al. (2007)は先に述べた枠組みではないが、フィールド実験によって採用者による子どもをもつ女性に対する差別の存在を明らかにしている。
2014年以降の論文
Budig and Hodges (2010)に対するKillewaldらの批判とそれに対する反批判が2014年になされているのでこちらに入れた。Budig and Hodges (2010)は、固定効果モデル・分位点回帰分析を使って、賃金分位の低い層において賃金ペナルティが大きいことを示した論文。それに対して、Killewald and Bearak (2014)は、その結果が条件つき分位点回帰(conditional quantile regression)を使ったことによるもので、非条件つき分位点回帰(unconditional quantile regression)を使った場合にはそこまで分位点による顕著な違いは出ない、という批判を加えている。
子どもを持つことが就業確率、賃金、職業威信に与える効果が中年期まで影響を及ぼすのかどうかを検討している。分析手法は固定効果モデル。子どもを持つことが就業確率を引き下げる効果はとくに20代・30代では強いが、40代、50代ではかなり小さくなる。賃金を引き下げる効果は、とくに3人以上の子どもを持つ場合、50代まで強く残り続ける。職業威信を引き下げる効果は、30代、40代までは見られるが、50代にはむしろ逆転する(謎。論文では就業へのセレクション効果によるものではないかと言っている。しかしその場合は賃金への効果も正に転じそうだけど…)。
子どもを持つことの効果が白人White、黒人Black、ヒスパニックHispanicで異なるかどうかを検討している。分析手法は固定効果モデル。子どもを持つことが顕著に賃金を低下させる効果を持つのはWhiteであり、BlackやHispanicではほとんど効果を持たない。また、Whiteの賃金ペナルティのうち10%程度は、子どもを持つことで家事時間が増加することによって説明できる。
賃金ではなく、職業的地位(ISEI)に与える効果をヨーロッパ13カ国を合併したデータを用いて分析した論文。分析手法は固定効果モデル。子どもを持つことが、その直後の職業的地位を低下させるだけでなく、その後も長期的に地位の上昇を抑制することを示している。また、高い年齢での出産は、とりわけ第3子のときに強い負の影響を有すること、公的な育児施設(daycare)への支出が多い国ほど、第1子出生時の職業的地位の低下が小さいことなどが示されている。
Luxembourg Income Studyのデータを使用し、22カ国を対象に子どもを持つことが賃金に与える効果の比較分析を行っている(例によって日本は分析対象国に含まれていない)。分析手法はクロスセクションのデータによるマルチレベルモデル。分析の結果、公的な保育施設の乏しさ、短すぎるあるいは長すぎる育児休暇、従たる稼得者(second earner)への高い課税率、はいずれも子ども数が賃金に与える負の効果を強めることが確認されている。
ノルウェーの雇用主・被雇用者マッチングデータを用いて、(1)結婚や子どもをもつことが賃金に与える効果が同一職業・同一企業内で生じているのか、職業間・企業間で生じているのかを特定すること(これについては以前の記事を参照)、および(2)それらの効果が時代によってどのように変化したかを明らかにすることを目的としている。分析手法は固定効果モデル。まず、時代を通じて、motherhood penaltyのかなりの部分は職業間・賃金間において生じていた。時代の変化に関しては、1979年時点では、男女間賃金格差の多くはmotherhood penaltyによって説明される。しかし、1996年までには、(おそらく女性の就業を促進する政策によって)motherhood penaltyはかなり小さくなった。一方で、既婚男性の賃金プレミアムはほとんど変化しておらず、なお残る男女間賃金格差の主要な要因は既婚男性の賃金プレミアムとなっている。なおこの論文は先に公刊された以下の2本の論文を下敷きにしていると思われる。
今回は取り上げないが、このように、motherhood penaltyだけでなく、男性のmarriage premiumあるいはfatherhood premium(既婚男性、あるいは子どもをもつ男性の賃金が上昇すること)の存在も昔から指摘されており、やはり男女間の賃金格差を生じさせる要因として研究が蓄積されている。
NLSY-79(1957-65出生コホート)とNLSY-97(1980-84出生コホート)から24-31歳のサンプルを抽出し、コホート間で男女の結婚プレミアム(ペナルティ)がどのように変化したのかを検討している。結果を羅列すると、新しいコホートにおいても、男女の結婚プレミアムは変わらず観察される。ただし、古いコホートと比較すると、男性のセレクション(賃金の高い者ほど結婚しやすい)は弱まり、女性のセレクションは強まる傾向が見られた。また、カップルの分業によるプレミアムの違いは新しいコホートで男女とも強く見られるようになった。具体的には、男性は男性稼ぎ主カップルでもっとも結婚による賃金上昇が大きく、共稼ぎカップルでは賃金上昇は中程度、女性稼ぎ主カップルの場合は賃金が低下する。女性はその逆。
新しいコホートでは、分業型カップルよりも共稼ぎカップルが最も高い利益を得るようになっているのではないか(分業型カップルは結婚による賃金上昇+賃金低下で相殺するのに対して、共稼ぎカップルの場合は男女とも結婚によって賃金が上昇するため)、と結論している。
中国を対象に、2人以上の子どもを持つことが労働時間、育児・ケア時間、所得、well-beingに与える影響について、父親・母親それぞれについて検討している。推定は操作変数法。1人目女子ダミーを操作変数として、子ども数および2人以上子どもを持つことが従属変数に与える方法を利用している(中国の地方部では、一人目が女子だった場合には2人目以降の出生が認められる場合があるそう)。
分析結果は、父親については子どもを持つことは労働時間を増やし、育児時間を減らし、well-beingを高める効果を持つ一方で、母親についてはwell-beingを高める効果のみが見られた。著者の解釈としては、一人っ子政策のもとで人びとは必ずしも子ども数の選好を実現できない。他方で、2人以上出生している場合は相対的に選好を実現できているといえ、それゆえwell-beingが高まるのだという。分析はいくつか限界含みなので、今後の発展が期待される。
日本における研究
このように欧米では非常に盛んな研究群だが、日本での研究は極めて少ない。自分の知る限りでは、以下が挙げられる。
川口章,2005,「結婚と出産は男女の賃金にどのような影響を及ぼしているのか」『日本労働研究雑誌』532: 42-55.
鹿又伸夫,2012,「結婚・配偶者と就業所得:結婚プレミアムと結婚ペナルティ」『三田社会学』17: 61-78.
佐藤一磨,2013,「Propensity Score Matching法を用いた男性のマリッジプレミアムの検証」『経済分析』187: 47–68.
これほど少ない理由はいくつか考えられて、まず第1に、パネルデータの整備が進んでいないこと、第2に、そもそもほとんどの女性が結婚・出産を期に就業を中断するため(あるいはそれを見込んだコース別人事制度が設定されており)、それが極めて重要な問題として認識されてきたこと、が考えられる。日本では、結婚・出産期の就業中断に関しては、かなり豊富な蓄積がある(西村純子,2014,『子育てと仕事の社会学:女性の働きかたは変わったか』弘文堂.などがよくまとまっています)。
逆に欧米では、結婚・出産期の就業中断それ自体が研究対象となることはあまり多くない印象(ただし欧米でも、日本ほどではないにしろ、一定割合の女性が就業中断を経験します)。
今後気が向いたら随時更新します。