Ehlert. 2016. “The Impact of Losing Your Job”読書記録
ドイツの社会学者Martin Ehlertの書いた本”The Impact of Losing Your Job: Unemployment and Influences from Market, Family, and State on Economic Well-Being in the US and Germany”(仕事を失うことのインパクト:アメリカとドイツにおける失業と、市場・家族・国家が経済的なウェル・ビーイングへ与える影響)
The Impact of Losing Your Job
Losing a job has always been understood as one of the most important causes of downward social mobility in modern societies. And it’s only gotten worse in recent years, as the weakening position of workers has made re-entering the labour market even tougher.
こちらでオープンアクセスで読むことができます。
市場、家族、国家が失職(job loss)による経済的な不安定性に対していかに影響しているのか?とくに、社会階層(ここでは世帯年収の多寡で定義)と世帯類型によって失職のインパクトがどのように異なるのかを、アメリカとドイツを比較しながら明らかにする。アメリカのデータはPSID、ドイツのデータはGSOEP。PSIDとGSOEPという異なるパネル調査データの統合には相当の労力がかかっているであろうことは想像に難くないので、敬意を表したい。
本書は、DiPrete and McManus (2000)1)DiPrete, Thomas A. and Patricia A. McManus. 2000. “Family Change, Employment Transitions, and the Welfare State: Household Income Dynamics in the United States and Germany.” American Sociological Review 65(3):343–70.の提示したTrigger eventsという概念のもとで失職を位置づけたうえで、さらにその失職がライフコースのなかに埋め込まれているという視点から分析する必要があると述べる。具体的には以下の2つの分析が中心に置かれる。
- 誰が失職するのか?より具体的には、いかなる学歴を有する者が、いかなる階層(ここでの階層は世帯所得により4分割されたグループを指す)に属する者が、いかなる世帯に属する者が失職するのか?その失職のパターンは社会によっていかに異なるのか?(Chapter 4)
- 失職した結果、経済的なウェルビーイングはいかに変化するのか?その変化のパターンは男女で、学歴や所属階層、世帯構成によっていかに異なるのか?(Chapter 5, 6)
同じ失職という1つのイベントといっても、それは社会のどこで生じ、個人にとっていかなる意味を持つのかは異なっている。本書はそのことを包括的にカバーしようとするあまり、かえって独自点が見えにくくなってしまっているきらいがあり、そこはもったいない点。フォーカスが必ずしも絞りきれていないため、Chapter 2のレビューも行き先が見えずやや冗長になってしまっていてもったいない(もちろん論文を探したい人にとっては役に立つのだけれども)。1章あたり一度に10個近い仮説が提示され、必ずしも順番に仮説が検討されるわけではないので読みにくくなってしまっているところもマイナス。
本書のポイントの1つは、個人的なイベントである失職が、世帯レベルの経済水準を動揺させるということ、また世帯構成が失職のダメージを緩和するバッファーとなっており、そのことを明示的に示したところにあると思われる(筆者もそのことは部分部分で強調している)。このような世帯構造のちがいに焦点を絞ったほうが論点が明確になったのかもしれない。
テクニカルな点で気になったのはChapter 6。Chapter 6はCoasened Exact Matchingを使って夫の失職が妻の労働時間の増加および妻の稼得収入の増加に与える効果(Added Worker Effect)を分析している。分析の結果、アメリカでは夫の失職に際して妻の労働時間は大きく増加する一方で、ドイツでは妻の労働時間はあまり敏感に反応しない。ここまではいいが、失職者内を世帯構造や失職以前の妻の労働時間で分けていくと、当然サンプルサイズが小さくなって信頼区間は大きくなり、ほとんどがオーバーラップするようになっていく。にもかかわらず、信頼区間を無視して係数の差だけで議論を進めている部分が少なくなく、ちょっと首をかしげてしまった。
このようにひとつひとつの発見自体は正しいかどうかを注意して読む必要があるが、失職と経済水準の変化の関係に関心がある自分にとってはアイデアをもらえる本であった。
Notes
↩1 | DiPrete, Thomas A. and Patricia A. McManus. 2000. “Family Change, Employment Transitions, and the Welfare State: Household Income Dynamics in the United States and Germany.” American Sociological Review 65(3):343–70. |
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