ゼミの進め方についての覚え書き

Teaching
Author

Ryota Mugiyama

Published

December 6, 2024

人文社会科学系分野においてゼミというのは大きな役割を占めている。自分も「社会学演習(社会的不平等に関する実証研究)」という名前でゼミを担当している。ゼミの進め方というのは多くの若手教員が悩むことではないかと思われる。そこで、自分の事例を共有することで、何かの役に立つかもしれないと思ってメモを残しておくことにする。なお、下記はあくまで2024年度時点のもので、今後はやり方を変えたりすることがあるかもしれない。

到達目標を決める

まずはゼミでどのようなスキルを身に着けてほしいかを考えた。自分の場合は、ゼミを通して「計量分析を用いた実証研究論文を書けるようになること」を到達目標とした。具体的には、1年間で、先行研究にもとづいて問いを立て、仮説を導き、データを分析し、問いに対する答えを提示する、という標準的手続きにしたがった論文を書く力を身に着けることを到達目標として定めた。

前提条件

ゼミは3年生から履修し、通年4単位の授業である。ゼミは必修ではなく、4年生では履修しない学生も多い。学生には、2年生の終わりに、事前に各教員のゼミでどのような内容が扱われるのかに関する説明資料が配られるほか、別途説明会にて直接ゼミの内容についても説明がなされる。そののち、履修を希望するゼミに応募する。そのため、学生はゼミで扱う内容には多かれ少なかれ興味があると思われる。筆者のゼミの人気は高くもなく低くもないくらいだと思う。

筆者の所属は法学部政治学科のため、社会学に関する授業は少なく、学生の社会学についての事前知識は少ない。また、筆者が担当の3〜4年生向け科目「社会学III」「社会学IV」の授業は履修するように勧めているが、必修ではないので、全員が履修するわけではない。

基礎的なレポートの作法については1年生のときに教わっているはずである。ただし、実証的な研究論文、または書籍を読んだ経験については、もしかしたら少人数授業や授業のレポートを書くときに読んだことがある学生はいるかもしれないが、多くはないだろうと思われる。

統計学については、高校の数学Iの「データの分析」程度の事前知識がある程度と思われる(それも数学で受験する学生は少ないため、ほとんど忘れている可能性もある)。「社会統計学」の授業は履修するように勧めているが、必修ではないので、全員が履修するわけではない。

統計ソフトの使用経験がある学生はほとんどいない。学内でまとまって利用できる統計ソフトウェアはSPSSであるが、学生が卒業した後にSPSSを使える環境にいる可能性は極めて低いし、そもそも自分がもうSPSSを使えないのでSPSSは却下。Rであれば無料で誰でも使えるうえ、卒業してからも使えるだろう。いずれにせよ、統計ソフトの使い方も教える必要がある。

法学部政治学科には卒業論文がないため、卒業論文の形式に縛られることなく比較的内容を自由に決めることができるというメリットがある。これは多くの社会学系の学部学科とは異なる点だと思われる。

研究方法の限定:既存社会調査データの二次分析

社会学にはさまざまな研究方法があるが、ゼミでは既存社会調査データの二次分析をすることのみに限定することにした。

ゼミの内容について

シラバスや第一回授業、その他授業中に配布する資料を合わせたものを記載する。そのため、文体などに不揃いがある。必要に応じて適宜注などを加えている。

授業概要

本演習の目的は、社会学の視点から、問いを設定し、仮説を立て、それに答えるために社会調査データを分析することを通じて、社会科学一般の基礎となる研究過程を体感し、かつそれを実行するためのスキルを習得することにある。社会学では、個人の行為を説明するにあたって、社会的な文脈の影響に着目する。なぜある人はお金持ちで、ある人は貧しいのか?なぜ大学に行く人と行かない人がいるのか?なぜ家事や育児にかける時間が男女で違うのか?こうした一見個人的な行為やその結果に対する説明を考え、その説明を検証するための具体的な方法を身につけることを目指す。

社会の実態を記述するために最も基本的な方法が、社会調査データの分析である。本演習では、実際にこうした調査データを用い、統計ソフトを用いて分析する方法について学習する。先行研究をもとに問いを立て、論理的に仮説を導き、データを用いて検証するという一連の作業を通じて、実証的な研究を行うためのスキルを身につける。こうしたスキルは、直接研究には携わらないとしても、今後の仕事や生活で必ず役に立つだろう。

本演習ではとくに不平等(様々な希少財およびそれを得る機会が偏っていること)にかかわるテーマを中心に扱う。より具体的には、社会経済的格差とその要因、教育機会の不平等、ジェンダー不平等、貧困、等のトピックを取り上げる。これらの実態ならびに要因を明らかにするうえで、個人を対象とした社会調査データの分析は強力なツールとなる。

使用文献

以下の書籍を使用する1

  1. Putnam, Robert D. 2015. Our Kids: The American Dream in Crisis. Simon & Schuster.(柴内康文訳,2017,『われらの子ども:米国における機会格差の拡大』創元社.)

  2. Goldin, Claudia. 2021. Career and Family: Women’s Century-Long Journey toward Equity. Princeton University Press.(鹿田昌美訳,2023,『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』慶應義塾出版会.)

  3. Llaudet, Elene and Kosuke Imai. 2022. Data Analysis for Social Science: A Friendly and Practical Introduction. Princeton University Press.

以下は参考文献である。

  1. 明石芳彦,2018,『社会科学系論文の書き方』ミネルヴァ書房.

上記に加えて、以下数本の研究論文を購読する2

  1. 森いづみ,2017,「国・私立中学への進学が進学期待と自己効力感に及ぼす影響」『教育社会学研究』101: 27–47.
  2. 吉武理大,2019,「貧困母子世帯における生活保護の受給の規定要因:なぜ貧困なのに生活保護を受給しないのか」『福祉社会学研究』16: 157–178.
  3. 麦山亮太・大里蒼一郎,2024,「地域の図書館普及が子どもの学習時間に与える影響とその階層差」『理論と方法』39(1): 19–34.
  4. 古田和久,2018,「出身階層の資本構造と高校生の進路選択」『社会学評論』69(1):21–36.
  5. 百瀬由璃絵,2023,「埋もれたインターセクショナリティ:『障害者/健常者』の境界にいる女性」『日本労働研究雑誌』751:148–63.
  6. 斉藤知洋,2023,「離婚に伴う女性の経済状況の変化:長期パネルデータを用いた再検討」『人口問題研究』79(1): 64–84.
  7. 吉田航,2024,「ダイバーシティ部署の設置は企業の女性管理職比率を高めるか?」『組織科学』近刊.
  8. 中山真緒・石川祐実,2023,「男性配偶者の業種別育児休業取得率が女性の就業確率,健康状態に与える影響」『日本労働研究雑誌』760:74–87.

授業の進め方:前期

前期は実証研究に関する論文の書き方および関連領域に関するテキスト(教科書)購読、論文購読、および統計ソフトRを用いたデータ分析方法の学習を並行して行う。

  • 文献購読:文献を読んだ上で事前に(1)当該章に関連して考えられる問い、(2)内容に関する疑問点・質問、をまとめたファイルを提出する。授業では共有された内容をもとにグループに分かれて議論したあと、疑問点などを解消する。
  • 論文購読:論文を読んだ上で事前に(1)論文の問い、方法、結果は何か、(2)内容に関する疑問点・質問、をまとめたファイルを提出する。授業では共有された内容をもとにグループに分かれて議論したあと、疑問点などを解消する。
  • 統計分析:教科書については、事前に該当箇所を読んだうえで、書かれたコードを実際に自分で一通り実行する。また、授業用に作成した教員のウェブページ(Rによる社会調査データ分析の手引き、随時更新)を合わせて使用し、こちらも事前に該当箇所を読んだうえで書かれたコードを実際に自分で実行してくる。授業では不明点などの解消を主とする。

文献購読3

文献購読では事前に文献の該当箇所を読み、授業の前日の日付が変わるまでに、以下の点をwordファイル等に記載して、各回のGoogleDriveフォルダ上にアップロードする。アップロードするのは授業前日の23:59までにする。

  • 文献1:2つの章をどちらも読み、それぞれについて、(1)その章の主なメッセージは何かを簡潔に(100字程度で)まとめ、(2)面白いと思った点(+なぜ面白いと思ったのか)、(3)疑問に思った点をそれぞれ記載する。
  • 文献2:該当箇所をすべて読み、そのなかから2つの章を選ぶ。その2つの章について、(1)その章の主なメッセージは何かを簡潔に(100字程度で)まとめ、(2)面白いと思った点(+なぜ面白いと思ったのか)、(3)疑問に思った点をそれぞれ記載する。

授業では関心をもった章ごとにグループ分けし、上記について15分程度で内容を共有し、議論する。その後、全体で議論・教員から解説する。

論文購読

文献購読と同様にして、論文についての要約とコメントをまとめて、授業の前日の日付が変わるまでに、以下の点をwordファイル等に記載して、各回のGoogleDriveフォルダ上にアップロードする。アップロードするのは授業前日の23:59までにする。

  • 論文1–8:該当回の論文のうちどれか1つより興味がある(議論したい)と思った論文を選ぶ。その論文の(1)問い、(2)方法、(3)結果をそれぞれ簡潔にまとめる。加えて、(4)面白いと思った点(+なぜ面白いと思ったのか)、(5)疑問に思った点・批判点、についてコメントを記載する。

授業では関心をもった論文ごとにグループ分けし、上記について15分程度で内容を共有し、議論する。その後、全体で議論・教員から解説する。

計量分析4

文献購読と並行して進める計量分析(統計)の学習については、文献あるいは麦山の作成したウェブサイトの該当箇所をあらかじめ読み、事前にテキストに書かれたコードをすべて実際にRStudioに書いて、自分で実行する。昨年度から更新した箇所もある(し、忘れていると思う)ので、3年生のときに一度やったという4年生も復習の意味で行うこと。授業ではこれらをあらかじめ読んでいるという前提で、疑問点を確認・解消する。

  • 文献3:事前に文献の該当箇所をすべて読み、かつテキストに書かれたコードをすべて実際にRStudioに書いて自分で実行する。余裕がある人は、麦山が作成した本テキスト用の補足用ウェブページを参照して書かれたコードを実行するとさらによい。授業ではテキストを読んでいるということを前提に疑問点・分からなかった点などを口頭で挙げてもらい、その箇所の疑問を解消する。
  • ウェブサイト:Rによる社会調査データ分析の手引きの該当箇所を読み、書かれたコードをすべて実際に書いて自分で実行する。

授業の進め方:前期末–夏季休暇中

前期末には後期に向けて利用可能な社会調査データのアーカイブを紹介し、研究計画を作成する。参加者の関心をもとに、3年生は3人程度のグループ、4年生は個人で、前期末に研究計画を作成して提出する。3年生は学期の中盤ころにおおまかな関心を尋ねるので、それにもとづいてグループ分け(3人一組)を行う。4年生は個人研究となる。

研究計画の立て方についてはRによる社会調査データ分析の手引きにもとづいて解説する。そのほか、社会科学の実証研究とはそもそもどのようなものか、研究計画ではどのようなことが求められるのかについては、参考文献(明石芳彦,2018,『社会科学系論文の書き方』ミネルヴァ書房.)の第1–3章も参考になる。

前期末にはいったん研究計画を提出してもらうが、それから夏季休暇中に個別に面談をして、研究計画のさらなるブラッシュアップをはかる。

授業の進め方:後期

後期は論文執筆のための作業および経過報告からなる。作業は授業時間外にも実施し、授業時間中には作業の過程で生じた疑問点や悩みなどについて教員から助言するという形式で進める。毎週、進捗状況を共有する。中間報告の回で途中経過を報告し、コメンテーターおよび教員からのフィードバックを行う。学期末には参考文献を含めて12,000–20,000字程度の長さの研究論文を執筆し提出する。

進捗報告・研究相談

前期・夏休み期間中に作成した研究計画にもとづいて、各個人/グループに配布したデータの分析、ならびに、引き続き先行研究を探して整理したり、問題背景をクリアにしたりする作業を進める。研究計画書と論文は別々にするのではなく、すでに作成した研究計画をたたき台として、内容を追加したり削除したり改稿したりしながら、最終的な期末レポート(論文)に近づけていくと考えるとよい。

まずは、研究計画書の「方法」の章と参考文献の間に分析結果のスペースを設ける。そのうえで、毎週、分析結果のスペースに、(1)前回の授業後から今回の授業の間に行ったこと(データの加工や、分析の内容など)と、(2)現在困っていること、を具体的に記載して、GoogleDrive上にある各回の「進捗報告」フォルダに提出する。もちろん、データの分析だけではなく、先行研究や問題背景の整理は引き続き行っていくこと。

授業時間中は個別の作業時間とし、その間に麦山が全体を回って疑問点を個別に解消する。授業外の時間に困った点などがあればいつでもslackで聞いて構わない。

中間報告

中間報告では、スライドを使って現在の研究の進捗状況(= 問題背景・先行研究・問い・方法・分析結果・暫定的結論や悩んでいる点)を報告する。学期中に2回、中間報告を予定している。3週間ほど前に、中間報告の報告担当者と、コメンテーターを決める。自分(たち)の研究内容について簡潔にまとめて報告したり、他人の研究に対してフィードバックできるようになることをめざす。

  • 報告(10分間)
  • コメンテーター(2名程度)からのコメント(1人2分)
  • 教員からのコメント(5分間)

コメンテーターがコメントを準備するための時間を確保するため、報告者は遅くとも発表3日前の23:59まで(たとえば10/30の発表であれば、10/27 23:59)に、各回の「中間報告」フォルダに発表資料(スライド)を提出する。コメンテーターは、事前にスライドを確認して、コメント(面白いと思った点、質問・疑問点、改善点の提案)を準備しておく5

期末レポート

分析の結果を取りまとめ、全体の議論を整理して、参考文献を含み12,000–20,000字程度の研究論文を提出する。合わせて、分析に使用したRのコードを提出する。

期末レポートの全体像については、Rによる社会調査データ分析の手引きのChapter 12「論文のまとめ方」を参照のこと。

一般的な実証研究論文の構成については、前期に参考文献として指定した明石芳彦,2018,『社会科学系論文の書き方』ミネルヴァ書房.も参照のこと。

学期最後の授業からレポート提出〆切まで1ヶ月半程度時間があるため、期末レポート提出前(冬季期間中)に一度期末レポートの途中経過を提出してもらい、それをもとに個別面談を行う。

Footnotes

  1. 書籍1〜2については、初学者でも無理なく読むことができるもので、分野の基礎的な蓄積についてもわかる教科書的側面も有していて、しかしなるべく最新の動向を押さえたものであることが望ましいという基準のもとで選定している。書籍3は説明が非常に丁寧で初学者にも優しく、現代の計量分析の水準を視野に入れながらも必要最低限のトピックのみを扱っており、Rのコードも載っている、大変すばらしい教科書である。2025年1月ころに邦訳が出版予定とのこと。↩︎

  2. 論文については、問いの形式が「xであるほどyであるか?」といったようなもので、その問いがはっきりと示されているものとし、かつ査読を経た実証研究論文を選択するようにしている。また、使われている分析手法が原則として回帰分析およびそれに類似する分析手法を用いているものを選ぶようにしている。さらに、なるべく新しい論文を優先している。↩︎

  3. 学生は基本的に実証的な社会学の書籍や論文をほとんど読んだことがないと思われるため、まずはそうした実証的な社会学の書籍や論文というのがどのようなものなのかを知ってもらう必要があると考えた。このような目的には、精読よりも多読のほうが望ましい。したがって、書籍であれば1週につき約100ページ、論文であれば一回につき3本を課題として指定している。社会学や計量分析に関する知識については学生と教員の間に明らかに差があるため、ほとんど初学者の段階で論文で使われている分析方法の妥当性の問題に鋭く切り込み批判を展開するというのはとても難しい。そのため、授業中にはどうしても教員が内容や背景知識、方法について解説するということが中心になりがちである。↩︎

  4. ほとんど初学者の状態から一年間で使えるレベルに到達するために、扱う方法は限定する必要がある。そこで明示的に扱う分析手法は次に限定している(詳しくは授業用ウェブサイトを参照のこと)。

    • 1変量の分析(要約統計量、ヒストグラム)
    • 2変量の分析(クロス集計、散布図、平均値等の比較)
    • 線形回帰分析

    これらはもっとも基本的かつ、通常関心を持つような問いの多くはカバーできるものであり、多くの論文で使われている方法でもある。回帰分析を使うことで、「他の要因を統制してもなお、xとyには関連があるか?」ということを明らかにすることが目標となる。したがって、問いを立てる際にも最終的にx→ yのような2変量の関係に落とし込めるようなものを念頭に置く。 統計的検定については、回帰分析の有意性の検定(結果の読み方)のみ扱い、平均値の比較のt検定、分散分析のF検定、クロス集計表のカイ2乗検定、相関係数の検定、等々についてはすべて扱わない。ロジスティック回帰分析は社会学の論文ではよく扱われるがこれも扱わず、線形確率モデルで代用する。↩︎

  5. コメンテーターを設けてあらかじめ準備するようにしないと、教員ばかりが喋ってしまうことになりがち。また、聞いてすぐコメントを思いつくというのはなかなか難しい。以上の問題に対処するために、発表に対してコメンテーターを設けることにした。↩︎