プレスリリースを出すことについて
研究成果の広報
多くの場合、研究の最新の成果は査読付き論文で出される。しかし査読付き論文が研究者でない一般の人に読まれることは少ない。ましてやそれが英語であれば、日本語圏で読まれる可能性は限りなくゼロに近い。苦労して書いた論文が誰にも読まれないのは悲しいことである。
研究の成果をもう少しだけ広い層にリーチしたい、というニーズに対して、比較的ハードルが低い広報活動として、プレスリリースが挙げられる。
プレスリリースは、研究機関に所属していれば、所属機関の広報課などの担当部署を通じて出せる可能性がある。プレスリリース下内容は大学のウェブサイトに記載されるほか、所属機関によっては大学プレスセンターやPR Timesといった配信サービスを通じて各機関に配信される。配信サービスに掲載された記事は、これらをキュレーションして記事を配信している新聞社やメディアなどにも掲載される。また、公式ソーシャルメディアなどで発信されることもあるかもしれない。それらの記事を見た記者やライターが、別のメディアで記事を書いてくれるかもしれない。このようにして、プレスリリースを行うことで、通常論文を出版するだけでは届かない層に研究の内容を届けることができる。
プレスリリースというとなんだか記者団に囲まれて「すごい発見」について説明しているかのような印象を受けるが(自分だけ?)、必ずしもそのようなものではない。具体的には、たとえば、次のような形式の記事を公開することになる。
- 交際相手がいないと「子どもが欲しい」が不確実に:恋愛関係が出生願望に与える影響をパネルデータで実証
- コロナ禍で広がったテレワークの「選択肢」の格差:2020-2024年の継続調査を用いて制度の普及率が職業と学歴によって異なることを実証
- 子どもを持ちたくない・迷っていることが結婚を遅らせる要因に:東アジアの少子化の原因への新たな示唆
もともと、プレスリリースの存在をあまり認識していなかったのだが、Mogi, Mugiyama, and Raybould (2025)がアクセプトされた際にこうしたプレスリリースを出せないかと茂木さんに尋ねられて、学内担当部署に確認してみたところ、できるとのことだったので、やってみたという経緯である。それ以降、英語の査読付き論文が出版された際には、その論文の内容についてのプレスリリース記事を所属機関の広報課を通じて出してもらっている。今後もちょくちょく出していければと考えている。なお、フォーマットは規定のものがあり、原稿は自分(たち)で書いている。
大学によってプレスリリースを出しているかどうか、また出すとしてもどのようにどの成果を出すのかについて、運営のされ方が異なっていると思われる。論文がアクセプトされた暁には、所属機関の広報課等に、プレスリリースについて問い合わせてみてはどうだろうか。
なぜプレスリリースか
研究成果の広報活動は、研究成果を社会に還元する方法の一つである。そのうちプレスリリースのもつ利点は以下のとおりである。
第一に、プレスリリースは所属機関を通じて出されるので、よりフォーマルな意味合いで行われる。大学教員にとって研究活動は業務の一環であるので、研究の結果を所属機関から公的にアピールすることに不自然はないだろう。大学のウェブサイトなどの公的な媒体に掲載されることで、たとえば、受験先を選んでいる高校生がたまたま訪れた大学のウェブサイトに掲載されたプレスリリースをみて興味を持つかもしれない。研究関係者でない知り合いにも紹介しやすいだろう。もちろん、ソーシャルメディア(XやBlueskyなど)や個人ブログ(noteなど)を使った広報活動もやってもよいが、個人のアカウントで行うぶん、公的というよりは私的なニュアンスが含まれるように思う。
第二に、研究のニュアンスをより正確に伝えやすい。論文は主要な発見だけではなく、背景や方法、議論まで含めて一つの成果物であり、その文脈から離れて発見だけを伝えることは難しい。結果だけが先行することで誤解が生まれることもある(この点はソーシャルメディアの弱点といえる)。プレスリリースではある程度まとまった原稿を書くので、そうした一連の必要な背景情報を含めて説明することができる。おそらく多くの場合、プレスリリース原稿は研究者自身が書くことになると思うので、自ら背景情報も含めて説明することで、誤解を減らすことができる。
第三に、書籍を書くほどには時間を取れない、コネクションがない、といった人や、「売れなそう」な研究テーマでもできる。学術書の場合は研究活動の一環ということもあろうが、新書など含め書籍には広報活動的な意味合いもある。日本は書籍の読者層が厚くそれを広めるためのネットワーク(書評文化など)も充実しているため、書籍は一般にリーチするうえで強力な方法である。一方で、書籍をまとめるには膨大な時間がかかるし、出版社とのコネクションがなければ出版も難しく、自ら出版のための資金を獲得する必要があることが多い。それに対して、プレスリリースは所属機関が許可すれば出すことができ、(所属機関の方針にもよるが)「面白み」や「社会的インパクト」、コネクションなどがなくても公開できる可能性が高い。
第四に、英語の論文をあまりフォローしていない同分野の研究者に届く可能性が高まる。これに関しては分野で濃淡があると思うが、筆者の専門である社会学では日本語圏の研究文脈の影響が強く、英語圏の論文はあまりフォローされていない(と感じる)。その結果、たとえ日本のデータを使った研究であり、日本社会の理解に資する研究であったとしても、日本語の書籍や雑誌に載ったものよりも読まれない傾向がある(と感じる)。プレスリリースは日本語で書かれるので、日本の同分野の研究者にも論文の情報が届くというメリットがある。
問い合わせの「リスク」?
プレスリリースを出すと色々な人に目をつけられて(?)、取材が殺到したり、誹謗中傷が届いたりするのではないかと心配することがあるかもしれない。たしかに、テーマによってはそのようなことがないとは言い切れない。心配であれば問い合わせ先を大学のみにし、研究者自身への問い合わせ先を載せないといった対策を取ることはできるだろう。
逆に、プレスリリースを見た人から今後の仕事や研究の発展につながるような思わぬ依頼があるかもしれない。このようなチャンスもありうることは忘れてはいけない。
といっても、こうした問い合わせはふつう来ないので取り越し苦労だろう。筆者に関していえば、これまでにプレスリリースについて問い合わせが来たことは一度もない。
自分の論文は誰も興味を持たないから広報は意味ない?
と、自分なんかは思ってしまったりするのだけれども、信頼できる査読を経て掲載された論文であれば、少なくとも編集者と査読者はその論文に価値があると認めたということだし、何より、その論文への興味は自分ではなく読者が決めるものである。なので、まずは広報担当の方に聞いてみるのをおすすめする。
他の人と話すと意外と興味を持って聞いてくれることもある(たんなるお世辞かもしれないが……)。自ら過小評価せずに、まずは他人に聞いてみるのがよいかもしれない。
できる範囲で広報活動もしてみる
学術界の外でどの程度活動したいかについては研究者によって濃淡があるだろうし、研究者として、あるいは一個人として何をより優先したいかは異なるだろう。自分のなかでの優先順位を変えてまで広報活動を重視するべきだとは思わない。
どのような知識が社会に広がるかは、知識それ自体の質とは必ずしも一致しない。どんなに優れた研究であったとしても、知られ、読まれなければ広がることはない。論文を書くかたわら、もうひと手間かけることで、知識の普及に貢献することができるかもしれない。自分ができる範囲で、少しずつ取り組んでみるのがよいのではないだろうか。