研究をどのように進めているのか
他の研究者がどのように研究を進めているのか(ルーティーンや考え方)は、研究者にとって大きな関心事だと思う。たまに同世代の研究者や大学院生に聞かれることがあり、そのときどきで頭に浮かんでいることを回答するのだが、それだと十分に伝えきれないこともあるなと思ったので、この機会に一度言語化してみることにした。
以下に書くのはあくまで自分のスタイルであって、良いとか悪いとかいうことはない。キャリアの段階や研究分野、性格などによって合う・合わないがあるはずなので、適宜参考になる部分だけを活用するのがよいと思う。
プロジェクトを始める前に考える
何かプロジェクトに取り組みはじめる場合には、まずそのプロジェクトがどれくらい見込みがある(promising)かを考える。具体的には、以下の3点である。
(1)問いは明確か?
ここでの問いとは、「AはBであるか?」とか、「Aはどの程度Bであるか?」といったように、はっきりと答えの出せるものを指す。また、どのような集団を対象とするのか、どのような集団とどのような集団を比較するのか、といった問いの対象(population)についても考える。これらの問いや対象を明確にすることは、方法を選択するうえで欠くことができない。
(2)なぜその問いに答える必要があるのか?
もちろん、問いに直接答えた先行研究がすでに存在しないということは前提のうえで、なぜその問いに答える必要があるのか、という意義について考える。具体的には、それを解くことによって、これまでの先行研究が見落としてきた理論的前提をくつがえすことができるとか、先行研究が共通に認識していた限界を解決できるとか、これまで暗黙の前提となってきたものを実際に検証して、その前提を修正できるとか、そういったことである。もしこの意義を説得的に論じることができないならば、そもそもその問いは取り組む価値があまりないといえる。
(3)方法(データおよび分析手法)はあるか?
問いが明確で、意義も十分だとして、その問いを解くための方法(データおよび分析手法)はあるかも言うまでもなく重要である。問いを解くために必要なデータは揃っている(またはそれを取得できる)だろうか?どのような分析手法が必要となるだろうか?それらの方法によって、統計的にある程度確からしい答えが得られそうか?もし自分でデータへのアクセスの方法がわからない、手間や時間を取れない、分析手法の実装方法がわからないとすれば、それをできる人の協力を得られそうか?これらの点は、プロジェクトの実現可能性を大きく左右する。
この3つの段階はどれも強く結びついており、いずれも欠くことができない。また、必ずしも(1)(2)(3)はこの順番に思いつくものとは限らない。(3)の実現可能性から(1)を修正することもあるし、(2)について考えるうちに必要な問い(1)が浮かぶこともある。いずれにせよ、分析やデータを収集する前の段階から(1)(2)(3)について十分に考えるようにしている。
ただし、(3)については、実際に分析してみないと本当にできるかどうかがわからない、ということもある。そのようなときには、少しやってみるフットワークの軽さも重要である。重要なのは、あくまでも少しやってみるということで、データ分析そのものが目的になってはいけない。やってみてこれは結論を得るに十分な検証はできなそうだとわかったら、深追いせずにやめることも重要である。
ゴールから逆算する
プロジェクトが見込みがあると判断できたら、次はそれをどう前に進めるかである。プロジェクトを実際に始めるにあたっては、そのプロジェクトの最終的な着地点をイメージし、そこから逆算してタイムラインを組み立てるようにしている。
最終的な着地点とは、具体的にはどのようなジャーナルに投稿するかである。
タイムラインには、意図的に外部との約束をともなう締切を含める。自分から始めるプロジェクトの場合、締切は外から与えられていない。しかし、締切はプロジェクトにコミットする強力な推進力となるので、活用しない手はない。そこで、自分で締切を作ることが重要となる。
たとえば、2027年6月に論文を投稿しようと考えたとすると:
- 投稿までに2〜3回学会や研究会で報告してフィードバックをもらったり、良いコメントをくれそうな同僚に論文を送ったりすると良さそう。
- 2027年4月にPAAのAnnual Meetingがあるので、そこで報告しようと考える。
- 報告するためには、学会報告の数週間前にはフルペーパーを準備しないといけない。
- 申し込みは2026年9月20日なので、それまでにExtended abstractを準備する必要がある。
- Extended abstractを準備しようと思えば、そのために暫定的であれ分析結果を得る必要があるので、それよりもさらに前からプロジェクトを動かし始める必要がある。
- そもそもプロジェクトを進める価値があるかどうかを先行研究を見ながら見定めないといけないので、論文のレビューや検討はさらに早くから取り組む必要がある。
たとえばこのように学会報告というマイルストーンを一つ設定すると、そこから逆算してプロジェクトのスケジュールを決めることができる。学会報告以外にもさまざまな外部との約束の作り方がある。たとえば、共著者に分析結果を送る、データの利用申請をしてそれを誰かに報告する、指導教員に途中経過を送るなどといったことである。
もちろん、計画はあくまで計画であって、完全に計画どおりに進むとは限らない。少なくとも自分の場合、最初の計画どおりに進んだ経験はほとんどない。またそもそも、経験の少ない段階では、そもそもプロジェクトにどれくらい時間がかかるかの見通しも持ちにくいので、実際には計画どおりに進まないことがほとんどだろう。しかしそれでも、締切を設定すると、締切が全くない状態と比べてプロジェクトは進みやすくなるだろう。
複数プロジェクトのハンドリング
キャリアの段階が進むにつれて、複数のプロジェクトを並行して抱えるようになる。これを外から見ると、マルチタスク(複数の作業を同時に、短い時間で切り替えながら行う)をしているように見えるようである。しかし実際には、マルチタスクをしているわけではなく、それぞれのプロジェクトの締切に応じて順番にプロジェクトを進めているというのが実態に近い。たとえば、7月25日にプロジェクトAの学会発表があり、8月5日にプロジェクトBの発表があるとする。この場合、7月25日まではAに集中して取り組み、7月25日が終わってから8月5日までは、Bに集中して取り組むというふうである。
取り組んでいるプロジェクトが複数ある(たとえば、A, B, C, Dとする)場合、今優先度が最も高い(たとえば、最も締切の近い)プロジェクト、たとえばAを、取り組むべき中心的プロジェクトにする。それ以外のプロジェクトB, C, Dは副次的プロジェクトとし、取り組むとしてもあまり頭を使わない作業(たとえば、関連する論文のダウンロード、図表の作成、文章の確認作業、あまり頭を使わなくてもかける箇所の執筆など)に限定する。プロジェクトAがきりの良いところまで進んだら、たとえばプロジェクトBを次の中心的プロジェクトにする。このように、一定の期間を区切って順番に自分が最も頭を使うプロジェクトを切り替えるのが、実際に行っていることである。
実際には、自分のやる気や外部の要因などによって、プロジェクトAに取り組んでいる間にプロジェクトDの優先度が上がったり、あるいは優先度の高いプロジェクトEの作業が舞い込んできたりして、優先度の順位が入れ替わることもある。その場合は、DやEを中心的プロジェクトとして「割り込み」を許し、それが終わったら再度Aに戻ればよい。重要なのは、その時その時で自分のなかでの中心的プロジェクトを一つに限定することである1。
気分を大切にする
プロジェクトの見通しや締め切りといった外的なこととは別に、楽しく研究をできるか、という気分も重要である。
やる気が出ない日には、目の前のタスクを無理に進めようとせず、将来取り組んでみたい研究アイデアについて考えたり、短期的にはあまり自分のプロジェクトと関係のない論文を読んだりすることもある。そこで思いついたアイデアは、後になって実際のプロジェクトに育つこともある。そうして思いついたアイデアは、将来やるかもしれない研究プロジェクトのストックに入れておく。次に取り組みたいプロジェクトが待っていることで、いま手元にあるプロジェクトをさっさと終わらせようというモチベーションにもつながる。
また、複数のプロジェクトを進める際の優先順位についても、そのときの気分に任せて優先順位を入れ替えることはあってもよい。自分はどちらかというと気分屋なところがあり、プロジェクトAの締切が迫っていても、ついつい今楽しいと思うプロジェクトBを進めてしまうこともある。もちろん、締切が迫っているものをいつまでも先送りにするわけにはいかないが、ときには気分に従って優先順位を変えてもよいだろう。実際、気分が乗っているときが一番研究が進むはずだからである2。
コミュニティの力を借りる
ところで、どのようにすれば、よいプロジェクトを思いついたり、やる気を維持したりできるのだろうか?もちろん先行研究を読むことは大前提だが、それだけではない。自分がこれまで取り組んできた、あるいは現在取り組んでいるプロジェクトのほとんどは、学会や研究会などを通じて他人の発表を聞いたり、研究仲間と議論したりすることを通じて生まれてきたものである。
質の高い報告がなされる学会や研究会、あるいは(日本の社会学界ではほとんどないが)セミナーなどに参加していると、今何が問題となっているのか、同じ領域の研究者が何を気にしているのかを知ることができる。そうした経験は、シャープな問いを考え、より問いの意義を高め、これまで知らなかった新たな方法や視点に気づくことにつながる。
今目の前にある論文を終わらせるというタスクだけであれば、研究室で論文を書くのが一番の近道だろう。しかし、良いコミュニティに継続的に参加してお互いの研究について学んだり話し合ったりする積み重ねが、アイデアや知識、情報へのアクセス、モチベーションを生む。自分はあまりアグレッシブに人と話せるタイプではないが、それでも上記のような集まりから得られるものは大きいし、継続的に学会や研究会に参加して、報告し、他人と議論して、コミュニティの一員になれば、得られるものはさらに大きくなる。
コミュニティはやる気の源泉である。アカデミックの世界はしばしば競争にたとえられるし、実際、そのような側面もある。しかし、研究という営み自体は競争ではない。信頼できる同僚を持ち、その同僚に対してはできる範囲で惜しまず力を貸し、また逆に自分に力を貸してくれる同僚を持つことで、周囲からやる気をもらうことができる。研究へのフィードバックをする、データやプログラムを共有する、研究会を主催する、といったかたちでコミュニティに貢献することは、巡り巡って、自分のためにもなるだろう。
また、対面やオンラインを活用して、所属を問わず、信頼できる同僚と話をしたり一緒に作業したりすることで、メンタルヘルスを維持し、孤独感を減らすことができる。研究は一人で行うことはできない。所属や住む場所が離れたとしても研究のことなどについて話したり、信頼できる同僚を持ち続けるのは、研究を続けるうえで決定的に重要だと思う。
参考文献
研究の進め方や考え方については今までいろいろなハウツー本を読んできた。だいたいどのハウツー本でも言われていることは似ているので、好きなものを読むのがよいと思う。ただハウツー本のなかには説教臭いものもあったりして、そういうのは自分はあまり好きではない。これまで自分がいいと思ったものは以下。
- 安宅和人,[2010]2024,『イシューからはじめよ——知的生産の「シンプルな本質」』英治出版.
- Belcher, W. L. 2019. Writing Your Journal Article in Twelve Weeks: A Guide to Academic Publishing Success (2nd ed.). The University of Chicago Press.
- Newport, Cal. 2016. Deep Work: Rules for Focused Success in a Distracted World. New York: Grand Central Publishing.(門田美鈴訳,2016,『大事なことに集中する——気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法』ダイヤモンド社.)
- Perry, John. 2012. The Art of Procrastination: A Guide to Effective Dawdling, Lollygagging and Postponing. New York: Workman Publishing.(花塚恵訳,2013,『スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考』東洋経済新報社.)
- Silvia, Paul J. 2007. How to Write a Lot: A Practical Guide to Productive Academic Writing. Washington, DC: American Psychological Association.(高橋さきの訳,2015,『できる研究者の論文生産術——どうすれば「たくさん」書けるのか』講談社.)
- Zahariades, Damon. 2017. The Procrastination Cure: 21 Proven Tactics for Conquering Your Inner Procrastinator, Mastering Your Time, and Boosting Your Productivity! Lexington, KY: Art of Productivity.(弓場隆訳,2023,『「先延ばしグセ」が治る21の方法』ディスカヴァー・トゥエンティワン.)3
Footnotes
なお、大学教員になると、研究以外のいろいろなことで忙しくなり、必然的に複数プロジェクトを抱えるような状態になる。業務量は個人がコントロールできるものではないが、考え方としては、研究の優先順位を高く設定し、「授業や学務の合間に研究する」というのではなく、「研究の合間に授業や学務をする」という意識を持つとよいのではないかと思う。授業や学務の手を抜く(ないがしろにする)ということではなくて、授業や学務に心を傾けすぎないようにコントロールするということである。↩︎
仕事の進め方は人によって違うと思うが、自分は、研究に関するノルマやto-doリストを作るとなんだかやる気が出なくなってしまうタイプである。逆に、研究ではない、やらないといけないことについてはto-doリストを作る。自分がどのような状態だと自分が気分よく研究できるかを観察して、自分に合った進め方をするのがよいと思う。↩︎
先延ばしを治すための本(Zahariades 2017 = 2023)と先延ばしを許すための本(Perry 2012 = 2013)をどちらも読んでいるところは少し人間味があるかもしれない。↩︎